ライフワークについて①

2020/9/19

靴屋です。

僕にとって靴屋は、あるライフワークの一環なのです。

それは障害者雇用を生み出す。という超壮大なストーリーなのです。

今までこの事について触れる事はほとんどありませんでした。

何の迷いもなく純粋にそう思っているのですが、偽善だと言われた事がきっかけで発言しにくさを感じてしまいました。

ホリエモンチャンネルでアドラー心理学について触れていたので、アドラー心理学の本を読んでいた時に、この事は発信し、共感してもらえる人と繋がり、仲間を作るべき事で支援してもらうべき事だと考える様になりました。

内容は、以下です。

正しい行いや人の為になる素晴らしい行いをした時に、文句言ってきたり、批判してきたりする人の事は気にするな。

それは文句を言った人が解決する問題で、君がその人の問題まで抱えこむ必要は全く無い。

確かに。悪い事ならまだしも良い事しようとしてるのに、何を文句言う必要あるのだろう。

そもそも日本は、良い行いを否定したり足引っ張る文化って無いですか?

こう言っておきながら、僕にもDNAレベルで浸透してます。

これを自分なりに分析すると、

他人に良い行いをされると、周りの事を考えられない利己的な自分の価値が下げられてしまうので、そんな事させない!となって足を引っ張る。という様なところでしょうか。

小さい頃に姉からの教えで忘れられない言葉があります。

鹿児島では、はりきるという言葉は、カッコつけるという様な嫌な意味で使われる事が多く、出る杭を打つ時に使ったりします。

昔から姉は信念の強いほうでしたから、打たれても打たれても突き抜けようとしておりました。場面は思い出せませんが、「はりきるな」を連発していたのでしょう、はりきるという事は良い事なんだと言われたのが、時を経て今刺さっています。

小学生の頃から足を引っ張る文化があるのですから、逆に良い事する人を支援する文化で塗り替える必要があります。

この事は、いろんな場面で、どちらの立場にもなり得る様な気がします。

足引っ張ると場面変わって足引っ張られ、身動き取れなくなるので、良い行いを見て、批判のバイアスがかかったら、アドラー心理学を思い浮かべる様にしています。これは自分側の問題なんだと。

書きたい事から完全に脱線してしまいました。

つづく